マカロニ

1985年のエットーラ・スコラ監督作品(1988年日本公開)の「マカロニ」は音楽監督にアルマンド・トロヴァヨーリ。こうなると改めてカンツォーネ・ナポレターナ・クラッシコを探し出すのは難しいな、と思っていたら案の定。あたまから、哀愁ただようとーっても切ないヨーロピアンなトロヴァヨーリの音楽が流れてくるのだもの。あの美しいけれどナポリくさいナポレターナは皆無かと・・・。でも有名な”Maria Mari’”「マリア・マリ」1曲のみ使われていました。主人公の一人、ジャック・レモン扮するロバート・トラベンの、かつてナポリに駐留していた頃の恋人、マリアにちなんでのことでしょう。 映画の中でも「マリー!」と呼ぶ場面がありました。ナポリというか南イタリアでは親しい人の名を呼ぶときに、たとえばマリアを「マリー!」と呼ぶのです。あの有名な「つれない心/Core ‘ngrato」のもう一つのタイトル「カタリ・カタリ」というのも、カテリーナと云う女性の名を親しげに呼んだ場合こうなるといった具合で。語尾を省略するのですね。。。

それにしてもナポリの生活圏のそこここに、ごく近い名所・名物がたくさん出てきます。カポディキーノ、サンタ・ルチア、ピアッツァ・ムニチーピオ、ガレリア、サンタ・キアーラ寺院の回廊、エクセルシオールホテル、卵城、バニョーリ、カラッチョロ大通り、スパッカ・ナポリ、ピアッツァ・ジェズ、パンナをつけたババ(サバラン菓子)。観光映画的と言えばそうとも言えるけれど、マルチエロ・マストロヤンニの扮する見事な「ナポリ男」のお蔭か、知らないうちにナポリの生活に引き込まれてしまいます。季節はクリスマスシーズンなのでしょう、彼扮するアントニオ・ヤゼッロの家の中にはイエス・キリストの降誕の場面を表すプレセッピオが飾られ、飾り棚にはボンボニエーレが並べられ、ナポリの喜劇役者トトの写真まで置かれている。ふるーい映画にも見られる典型的なナポリの、今でも同じ家庭の風景がそこにはありました。こうなると、アメリカ文化になれきった私たちは映画の中のジャック・レモンと化して、この「ナポリ男」の人間くさい生き方に干渉され、影響され、最後までつきあってしまう。・・・私は映画評論家ではないのでそれ以上語るつもりはありませんが・・・。
ナポレターナ発見解説抜きで、映画見てて思ったこと。
この映画の主人公としてではなくて、俳優マルチェロのような男は好きだー!顔が?いいえー。泥臭さが?いいえー。マルチェロ・マストロヤンニがいいというより、マルチェロがかもしだすシリアスでも何とも笑える雰囲気が。。。好きかも!
やっぱり女に最後まで優しい男!!(と感じさせてくれるといったほうがいいかな・・・?)嘘でも女のプライドを重んじてくれるような。恋愛中、女に非があっても自分が身代わりになってくれる(くれたかのように見せてくれる?)。泣くはずの女の代わりに泣いてくれる。どんなことがあっても女を弱き女と抱きしめてくれる。やっぱり、いいな、すごーく優しい。女に絶対に水溜りを歩かせないというその姿勢。強い男だなーっと思います。仕事が出来ても、クールで洗練された振る舞いがあっても、女を利用したり捨てちゃう男じゃかっこよくない。マルチェロのように危険でも最後の最後まで面倒みてくれなきゃ!コワイと感じる男くささも、この齢になるともういいな・・・。いやぁ、とんだところで熱弁をふるってしまいましたね・・・!これは、か弱き我が身の願望なのでしょうか、お許しを。。。演じる、良くだますとはこういうことかと、ねっ!とにかく俳優マルチェロ・マストロヤンニは存在そのものが名優です。が、マルチェロ・・・、ちょこっと昔過ぎましたでしょうか?!
ナポリ好きは嬉しい場面、懐かしい場所がたくさん出てきますので必見の映画。そして、名曲「マリア・マリ」は他の映画にもたーくさん使われてるはず。。。

歌のシーンはありませんでしたが、「マカロニ」のワンシーン
ロベルト・ムーロロのマリアマリ