ナポリと音楽 ナポレターナとは

カンツォーネ・ナポレターナとは

あまりにも地域性の強い言葉(ナポリ方言)で書かれている為に、イタリア人でさえ「ナポリ民謡」と称する人が多いのですが、カンツォーネ・ナポレターナとはあくまでも「大衆歌謡曲」の事。商業の為に、プロの作詞家、作曲家によって作られた「ナポリ語の」流行歌です。

カンツォーネ・ナポレターナの歴史(イントロでーす!)

世界最古の歌謡史を持つナポリ歌謡です。
長い歴史に育まれたカンツォーネ・ナポレターナには、その歌詞と音楽の中に、それぞれが書かれた時代/epocaが向き合った歴史的・文化的瞬間を反映し表現した特徴的な形式と基本原則が見られます。うーん、これじゃ解りませんよね?!
ナポレターナの起源は、それこそ紀元前、ローマ帝国の時代まで遡るそうですが、現在も世界中の歌手達に歌われている皆様ご存知の「オ・ソーレ・ミオ/’O Sole Mio」や「帰れソレントへ/Torna A Surriento」等に代表されるカンツォーネ・ナポレターナはおおかた1800年代から1900年前半の作品と言えるでしょう。1860年、ガリバルディによるイタリア統一の後、ナポリは商業港として大いに盛んになると同時に、音楽文化の担い手としても、とにかく優れた作詞家、作曲家、そして歌手を輩出し、不朽の名作を次々に生み出しました。カンツォーネ・ナポレターナの歴史上、「黄金期」と言われている時代です。

napoli1

1918年、第一次世界大戦終結後、時代の流れの中商業の中心地がミラノに遷り、ナポリにあった音楽出版社もミラノに移り、世界の音楽モードを取り入れてイタリア標準語で歌われる「カンツォーネ」が誕生しますが・・・。1938年「五月の夜/’Na Sera ‘e Maggio」がカンツォーネ・ナポレターナ黄金期最後の曲と言われています。

ナポレターナとカルーソー

カンツォーネ・ナポレターナがその名を世界に知られることになったのには、やはりエンリコ・カルーソの力が大きいとされています。
世紀のテノール歌手としてアメリカで大成功を修めたオペラ歌手ですが、この事によりカンツォーネ・ナポレターナは「あのようにベルカントで歌うものだ」という固定観念が生まれたのも事実だそうです。
ナポリ、イタリアを中心に活躍する、オペラティックな歌唱法を用いず、ビッグ・ヒットを飛ばした歌手たち(何だか無理のある表現だなー?いわゆる有名なヒット・シンガーということで)はたくさんいましたが(現在でもそうですけど)、イタリアの外までナポレターナを届けたという意味でも、カルーソの存在は大きいようでね。
ま、もっとも「マイクロフォン」のある時代とない時代では発声法も違い作品も異なるのも、長い歌の歴史の中では当然。様々な歌のスタイルが生まれてくるわけです。

Enrico Caruso – ‘O SOLE MIO

<<戻る